Astrid Hall
アストリッドは小さい頃から両親に連れられてヨーロッパを旅してきました。イタリアにある中世の教会に掲げられた絵画や、ゴシックスタイルの大聖堂、フレンチルネッサンス時代の宮殿、ベニスの壮大な”セレニッシマ”など、教科書では学べない歴史や芸術を体験しました。タスカン地方の田園風景や、ドイツで見たどんより曇った空を背景に建っている赤い農家、透き通った湖の蒼さや、プロバンス地方で見た青空を背景に広がるラベンダー畑の紫色などは、自然からしか学べない色彩感覚です。エンジニアリングのプレップ校で学んだ金属細工や溶接、デザイン、設計技術が、アストリッドのデザインに活かされています。
工業工学大学卒業後、アストリッドは高級クチュールのスカート工場でゼネラルマネージャーとして勤務しました。ここではイタリアの鮮やかな色彩、パリのお洒落なスタイル、スイスの精密なデザインなど、アートに囲まれた環境での仕事でした。スタイルと色彩は彼女の生活に欠かせないものとなりました。
当時海軍士官だったアストリッドの夫と出会った時、彼女は扶養家族になることを拒否し、まずプロジェクトエンジニアとして、次に政府の契約交渉担当として働く道を選びました。夫は転勤が多く、ハワイ、グアム、シンガポール、香港、ベトナム、オーストラリアなど家族でアジア各地を転々とし、同時に他のアジア諸国を旅行しました。特にバリとタイでは、スタイルと色彩の優雅さや美しさ、調和に強く感動しました。
ある日、香港のホテルの一室で買ったばかりの美しい宝石を手にビクトリアハーバーを眺めながら、イタリアのベニスを囲む海を思い出していました。これが、アドリア海産とシナ海産の材料を使ったジュエリーをアストリッドがデザインし始めたきっかけです。Schmuckperlenの起業は、当然とも言える次のステップでした。 |
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